先日、グッドループに一つの相談が舞い込んできました。なんと、ロイヤルエンフィールドのアドベンチャーバイク「ヒマラヤン」でヨーロッパから日本まで走破してきたライダーから、その愛車を故郷へ輸出したいという依頼です。グレートジャーニー(大陸横断級の長旅)を成し遂げたバイクを目の当たりにし、筆者は「こんな古風なバイクでよく走ってきたな……」と正直驚きました。普段KTM690のような軽量でハイパワーなマシンに乗っていることもあり、ヒマラヤンにはレトロで非力という先入観があったのです。しかし実際に試乗してみると、そのバイクには想像以上の 独特な魅力 が備わっていることに気付かされました。以下では、グレートジャーニーを志すライダーたちに向けて、ヒマラヤンの魅力を客観的かつ熱を込めて紹介します。
ロイヤルエンフィールド・ヒマラヤンは2016年に登場した単気筒エンジン搭載の本格デュアルパーパスモデルです。それまでクラシック路線一筋だったインドの老舗メーカーが180度転換して送り出したこの一台は、過剰な電子制御に頼る重量級アドベンチャーバイクとは対極に位置する、シンプルで堅牢なスタイルが特徴となりました。手頃な車体価格と低い維持費、充実した純正アクセサリー類、そして荷物を安全に積載するための考え抜かれたラゲッジシステムを備え、当初は大きな注目を集めました。発売直後の賑わいが収まったあと、このバイクを購入し長旅に出るライダーたちが現れ始め、その体験談こそ本当の評価を物語ります。本記事では、グレートジャーニー志向──すなわち世界規模の陸路旅行を志すライダーにとってヒマラヤンがどのような存在か、実際に大陸横断の旅にこのバイクで挑んだ人々の経験を交えながら、その魅力と現実的な性能について掘り下げます。
インドで愛され、世界が注目する理由
ヒマラヤンを語る上で欠かせないのが、その発祥地インドでの絶大な人気です。現在ロイヤルエンフィールド社はインドに本拠を置き、クラシカルな中排気量バイクで世界トップクラスのシェアを誇ります。中でもヒマラヤンはインド国内で「冒険ツーリングの大衆車」として地位を築いており、発売以来インド人ライダーに熱狂的に受け入れられてきました。筆者もインドを旅した際、街中からヒマラヤ山麓に至るまでロイヤルエンフィールドのバイクがあふれている光景に驚かされたほどです。事実、ヒマラヤンはインド市場で大成功を収めて国民的バイクの一つとなり、近年ではその評判が海外にも広がっています。

ヒマラヤンがここまで愛される理由としては、先述のとおり 長距離でも疲れにくい快適性 と 悪路に対応できる走破力 を備えながら価格も含めて手の届きやすい「等身大」の冒険バイクであることが挙げられます。洗練され過ぎておらず素朴で扱いやすいところがインドの道路事情にマッチし、多くのライダーに「これなら自分にも旅ができる」と思わせる親しみを与えているのでしょう。実際、ロイヤルエンフィールド社自らが主催するヒマラヤツーリングイベント(ヒマラヤンオデッセイなど)には国内外から多数の参加者が集まるなど、ヒマラヤンは 「冒険に踏み出すきっかけ」を与えてくれる優しいバイク として評価されています。
インドから欧州へ: Itchy Bootsの36,000km大冒険
オランダ人女性ライダー、ノラリー・スフーンメーカー(愛称Itchy Boots)は、インドでヒマラヤンを購入し北インドから東南アジア経由で欧州オランダまで走破する旅に出ました。彼女は8か月半で25か国・36,000kmを走破し、この「Itchy Boots」というニックネームが冒険ライダーの間で広く知られる存在となっています。ノラリーさん自身「旅の途中で大きな故障は一度も起きなかった」と言いますが、細かなトラブルが無かったわけではありません。例えば走行17,000kmを超えたイランの山道でクラッチプレートを焼いてしまったものの、幸いスペアを携行していて自力で容易に交換できたと誇らしげに振り返っています。また一部の純正部品には弱点もあるようで、ステアリングのヘッドベアリングは8,000km走行時に一度交換し、その約9,000km後に再びガタが出たため交換しています。2度目の交換時にはカザフスタンにいましたが、現地市場で適合するベアリングを見つけて事無きを得たそうです。タイヤについても「インド製の純正タイヤ(CEAT製)はグリップが弱く役に立たない」と感じたため1,100kmで新品に履き替え、以降は愛用のピレリMT60を装着して旅を続けました(欧米向けのヒマラヤンには初めからMT60が標準装備されています)。他にも「シートが柔らかすぎる」「ウインドスクリーンが低すぎる」「メインスタンドが最低地上高を奪う」といった不満点も挙げていますが、「その程度で、大した問題ではない」と語っています。

ノラリーさんは維持管理にも気を配り、約4万kmの荒れた道を踏破して深刻な故障ゼロという結果を出しました。「部品は壊れる前に早めに交換する」「劣悪なオイルしか手に入らない辺境でもエンジンオイルは3,000kmごとに交換する」など、徹底したメンテナンスを心がけたこともマシンの健脚を支えたようです。彼女がヒマラヤンを選んだ理由は明快で、まず「安価であること」。高価なアドベンチャー大型車に大金を注ぎ込まなくても、このバイクなら同じように旅ができ、その浮いた費用でより多く冒険できると言います。さらに「タフで扱いやすい」点も重要でした。何度も転倒させたものの、自力で起こせなくなるような重さではなく、どんな辺境でも壊れにくくメンテナンスも容易だと感じたそうです。電子制御に頼らないローテク構造ゆえに「旅先の裏路地の整備士でもエンジンを開けるのを恐れない」のは、大陸横断の道中で大きな安心材料になったといいます。反面、高速巡行が主体の旅には向かない面もあり、「確かにもっとパワーが欲しい。高速道路ばかり走るならがっかりするだろう」と率直に述べています。それでも「裏道を行くなら今の出力で全く問題なく楽しめる」とのことで、実際彼女の旅程もヒマラヤ山脈から中東・ヨーロッパまで延々と続くローカルな道のりをこの一台で走り切りました。
若き英国ライダー、ヒマラヤンで世界一周

Jackという名のこの英国人ライダーは、2019年7月に21歳でロンドンを出発しました。ヨーロッパ大陸を横断してバルカン半島からトルコへ抜け、さらに中央アジアへと進みます。カスピ海をフェリーで渡りトルクメニスタンからタジキスタン、キルギスへと走破し、伝説的なパミール高原ルートにも挑みました。中国横断時には煩雑な渡航手続き(いわゆるレッドテープ)に悩まされつつも、東南アジアのラオス・タイ・マレーシアまで辿り着いています。さらに旅の後半ではオーストラリア大陸も横断しました。真夏のオーストラリアでは数十年ぶりと言われる森林火災の猛威に晒され、灼熱の空気の中をヌルボール平原からシドニーまで突き進んでいます。炎天下でライダー自身が水を頭から浴びながら進まねばならないような過酷な状況でしたが、それでもヒマラヤンは彼の相棒として走り抜きました。続いて南米に渡った彼はパタゴニア地方を1か月かけて縦断し、アルゼンチンからアンデス山脈沿いの有名なルータ40号線を経てボリビアまで北上しました。2020年3月に標高3,400mのボリビア・ラパスに到達した際、世界的なパンデミックの波が押し寄せ各国で国境封鎖の噂が立ちはじめます。彼は急遽ペルーに向かい、インカ帝国の古都クスコに滑り込みましたが直後に全国的なロックダウン(封鎖措置)が発令され、足止めを余儀なくされました。以降約9か月にわたりクスコで待機する苦難を経験しますが、それでも諦めずに2020年末から旅を再開します。イギリス大使館の助力を得ながらペルー・エクアドル・コロンビアと抜けて中米を縦断し、メキシコまで北上しました。北米大陸(米国)は情勢上スキップして先にヨーロッパへ戻り、2021年、父親と合流した最終区間を走って見事ロンドンに生還し世界一周を達成しました。この旅程はグローブ座標でみるとまさに地球を一周しており、ヒマラヤンは2年間にわたる彼の挑戦を最後まで支え抜いたことになります。
Jackさんの壮大な旅路において、幸いにもヒマラヤンの深刻な機械トラブルの逸話は聞かれませんでした。彼が出発前に中古で購入したヒマラヤンは周到に装備を整えられており、長丁場に耐えるメンテナンスも行き届いていたようです。出発前に起きたハンドルを握ったまま前方に放り投げられるという奇妙な事故(出発直前に英国ドーバーで前輪が浮き上がり転倒したもの)もありましたが、軽傷で切り抜けた彼はマシンを起こし直して旅を続行しました。総走行距離こそ公表されていませんが、そのルートは6大陸のうちアフリカと北米以外の全てにまたがっており、ヒマラヤンが世界一周の耐久戦に堪えうることを自ら証明した格好です。
ベトナムの冒険者たちが語るヒマラヤンの魅力

東南アジアでもヒマラヤンは「ちょうどいい相棒」として支持されています。ベトナム中部フオンニャでツアー会社の運営に携わるStewartさんは、ヒマラヤン発売後に実車を目にして「自分の求める用途にうってつけだ」と即購入を決めました。彼はこれまでに4,000km以上をヒマラヤンで走行し、未舗装の木材搬出路やジャングルのダートコースも含め「あらゆる道を問題なく走破してくれている」と言います。一部で「シートが柔らかすぎる」との評も耳にしますが、自身が痩せ型でクッションが少ない体型のためむしろ「あの柔らかさが完璧」だと感じているそうです。実際、他社のデュアルパーパスバイクでは「ベニヤ板のような硬いシート」に苦しめられがちなのに対し、ヒマラヤンなら「一日中乗っていられる」ほど快適で、本当に“尻の救世主”だと冗談交じりに称賛しています。ヒマラヤンのニュートラルなハンドリングにも信頼を寄せており、舗装路でもダートでも狙ったラインにしっかりトレースし、コーナーでは地面に張り付くように安定して曲がってくれるといいます。「重量も過度ではなく、とにかく思った通りにバイクが進んでくれる。オフロードでもまったく不安がない」と語る彼にとって、ヒマラヤンはベトナムの絶景ルート(例:ホーチミン・トレイル)を堪能するのに理想的なパートナーなのです。
一方、同じくベトナムでツアーガイド兼インストラクターとして活躍するDonovanさん(愛称Hawkmoon)も、数々のバイクに乗ってきた中でヒマラヤンを選びました。「4か月前に思い切ってヒマラヤンを買って以来、一度たりとも後悔したことはない。ベトナムを走るには最高のバイクだ」と断言する彼は、国土のあらゆる地域で平均点の高い一台が必要だと考えた末にこのバイクに行き着いたといいます。ベトナムでは短い行程の中で路面状況が目まぐるしく変化しますが、ヒマラヤンは「長距離ツーリングでもオフロード区間でも快適で、あらゆる路面にうまく対処できる」と太鼓判を押しています。また旅バイクとしての実用性にも感心しており、前後にしっかり荷物を固定できる標準装備の荷台フレームが付属するうえ、彼自身も追加のサイドラックを自作して防水仕様のサドルバッグを取り付けているとのことです。唯一ライトだけは暗かったためキセノンランプに交換したそうですが、それ以外は手を加える必要がなく、スタイル面でも「見た目も音も最高のお気に入りだ」と満足げに語っています。
オーストラリアでベテランが見出した価値
オーストラリア在住のベテランライダーDavidさんは、長年オンロードバイク一筋でしたが仲間内で冒険旅がブームになったことを機に「自分もアドベンチャーバイクが欲しい」と感じ始めました。ただ主流の大型モデルは総じてシート高が高く重量もかさむため、かねて抱いていた違和感が決定打となります。ちょうどその頃いくつかロイヤルエンフィールド車に乗る機会があり、ラジャスタン(インド)を500ccバレットでツーリングした経験も手伝って、同社の新顔ヒマラヤンに関心が向いたそうです。徹底的な情報収集を行った彼は、現地オーストラリアの専門誌がヒマラヤンを長期テストしていると知り、そのテスト終了後の車両を買い取る手続きをしました。こうして手に入れた中古ヒマラヤンは走行距離が少ないにもかかわらず、多くの実用カスタムが施されていたといいます。たとえば良質なオフロードタイヤへの交換、ハンドガード装着、DIN規格電源ソケット増設、タンクバッグとサイドバッグ、LEDウインカーの装備など、旅向けの改良が一通り盛り込まれていました。購入後に彼自身が追加で行ったのは、ウール素材のシートカバーを被せたこと、走行中に緩んで脱落しかけたサイドスタンドを付け直したこと、そして焼き付いて発電不能になったステーターコイル(交流発電機)を修理交換したこと程度です。このステーターコイルの焼損は初期型ヒマラヤンで時折見られる不具合だそうですが、適切な部品交換で大事には至らず、他にエンジンやクラッチといった主要部分のトラブルは一切起こっていません。
Davidさんの周囲では、大排気量のBMWやトライアンフといった高級アドベンチャーモデルに乗る友人も多いそうです。しかし彼はヒマラヤンの控えめな動力性能についても十分承知の上で、「高速道路では仲間に先に行かせればいいさ」と笑います。ヒマラヤンは巡航速度が時速80〜90km程度であるのが最も快適で、それ以上のスピードは不得意です。そのため長い直線道路ではどうしても大型車に遅れをとってしまいますが、「代わりにダート(未舗装路)に入れば、最後に笑うのは自分のほうだ」と自信たっぷりに語っています。重量級のビッグマシンが悪路に苦戦している間に、自分の軽快なヒマラヤンで追いつけるというわけです。実際にヒマラヤンと過ごす日々について彼は「411ccの冒険バイク生活は素晴らしい」と満足げに述べています。小排気量ゆえ燃費が良くレギュラーガソリンでどこでも走れ、積載力も必要十分。さらに過酷な道でも気兼ねなく走らせられる気楽さは、旅そのものをより自由にしてくれると感じているようです。いつかヒマラヤンでオーストラリア大陸を一周し、「このバイクでもそれが可能だと証明したい」と、次なる冒険の夢を語ってくれました。
結論: グレートジャーニー志向の相棒として
ヒマラヤンで世界各地を旅したライダーたちの物語から浮かび上がるのは、このバイクが持つ堅実な信頼性と親しみやすさです。決して高速で長距離を飛ばすマシンではありませんが、そのぶん構造が単純で壊れにくく、仮に問題が起きても現地で容易に対処できるメカニズムは、未知の土地を単身走る旅人にとって大きな安心材料となります。実際、ノラリーさんは過酷なオフロード走行が続く中でも4万km近く重大トラブル無しで走破し、必要な整備はすべて自力または各地の修理工に頼んで切り抜けています。また、多くのライダーが指摘する扱いやすさと快適性も、グレートジャーニー(大いなる旅)を支える重要なポイントでしょう。長時間走っても疲れにくいシートや中低速トルク主体のエンジン特性、そして車重約191kgと大型アドベンチャーに比べて軽量な車体は、舗装路だけでなく未舗装路でもライダーに余裕を与えてくれます。ヒマラヤンは決して馬力に恵まれたバイクではありませんが、その素朴なパワーは時に旅のペースをゆったりと保ち、結果として景色や出会いを楽しむ心のゆとりをもたらす面もあります。何より「このバイクで十分、そしてこのバイクだからこそ旅に出ようと思える」と語ったノラリーさんの言葉に象徴されるように、ヒマラヤンは高価な最新鋭マシンとは異なるアプローチで「世界を旅する楽しさ」を教えてくれる一台なのです。グレートジャーニー志向のライダーにとって、ヒマラヤンの持つ実直な魅力は、旅そのものと同じくらい豊かで奥深いと言えるでしょう。
参考資料: 世界各地でヒマラヤンを駆ったライダーたちの体験談
- Four Adventure Bikers Share their Experience of Life with a Royal Enfield Himalayan
- On the ODO: 20.000 km – When the world stopped spinning
- Circling the Globe on a Royal Enfield Himalayan
および関連情報より作成