近況報告:吉田さん

吉田滋さんは84歳で、3回目の世界一周の途上です。

2026年7月6日

アレキパからクスコまでが今回最大の難所になるとは思っていましたが、初日のアレキパ〜プーノ間だけでも標高4,500mを超える峠越えがあり、プーノのホテルに着くころには疲労困憊でした。

ナスカ郊外、アンデス越えの道の入口。
Crucero Alto(4,528m)— プーノとアレキパを結ぶ道中の最高所

2026年6月26日

その後、ペルーのリマに入り、2週間ほどかけてバイクを探しました。希望していたクルーザーモデルはなかなか見つからず、最終的には足つきがよく、ハンドル位置も比較的高めのヤマハFZ25に決めました。XVS250に比べるとハンドルはまだ低く、その点には少し不満も残りますが、ここは慣れるしかなさそうです。

いよいよリマを出発しました。そこから約250km南下し、パラカス(Paracas)の町の入口まで走りました。

Paracasの町の入り口で

2026年6月13日

ペルーのリマでバイクを手に入れたら、マチュピチュやチチカカ湖などを巡る予定です。ペルーには標高3000メートルを超える高地が多く、景色への期待と同時に、高山病への不安もあります。焦らず、無理をせず、身体を慣らしながらゆっくり進んでいこうと思っています。南米でのバイク走行は、今のところペルー国内だけを考えています。

2026年6月5日

さすがに北米横断の疲れは大きく、サンパウロに着いてからもしばらくは疲労感が抜けませんでした。身体の奥に重さが残っているような日々が続いていましたが、今週あたりからようやく調子が戻ってきました。今では毎日2時間ほど、気持ちよく街を歩けるようになっています。

バイクの準備も少しずつ進めていましたが、調べてみると旅行者は現地でバイクの登録ができないようです。レンタルバイクについても、国境を越えられないという問題があるとのことでした。南米を自由に走るにはなかなか制約が多く、いろいろ考えた末、やはりペルーへ飛び、リマでバイクを調達するのが現実的だと思うようになりました。

2026年5月18日

バーミンガムのBarber Motor Sports Museumでは偶然、元気なケニーロバーツに会う事が出来た。

自由の州、フロリダへ。
デイトナ・インターナショナル・スピードウェイのゲート。

60年前にも、ここで写真を撮った。

デイトナ スピードウェイへのトンネル
デイトナ スピードウェイへのトンネル

2026年5月3日

ルート66の終着点。オレンジカウンティーからLAの倉庫までバイクの引き取りに連れて行ってくれた松本さんのご主人と。

サンタモニカの海岸通り。バイクはピアに入れないのでピアの根元で写真を撮った。

4月25日オレンジカウンティーのBREAから北米大陸横断に出発。

2026年4月24日

ロサンゼルス港に到着した木箱を開梱し、ドラッグスターと再会です。


2026年4月10日

アメリカ・ロサンゼルスでドラッグスターの到着を待っています。

3月13日、横浜港にて。船積みを前に、愛車ドラッグスター250と吉田さん


熱海新聞(2026年3月13日付)に、心を打たれる記事が掲載されていました。熱海新聞さまのご厚意により、以下に転載のうえご紹介します。

熱海新聞 令和8年(2026年)3月13日(金曜日)日刊

愛車バイクで世界一周

84歳吉田さん(伊豆山)3回目の挑戦

 熱海市伊豆山の高齢者向けマンション「中銀ライフケア熱海第三伊豆山23号館」に住むヤマハ発動機の元従業員、吉田滋さん(84)は4月初旬、3回目のバイクによる世界一周に挑む。昨年5月に出発する予定だったが大病を患い、治療に専念。医師の許可が下り、およそ1年遅れの旅立ちとなった。吉田さんは「マンションのみんなの支えがあったからこそ、再出発することができた。最後の長距離ツーリングになる。できるだけ行けるところまで行きたい」と期待に胸を膨らませる。

(熱海新聞 土屋春菜)

仲間や職員に見送られ、横浜港に向かう吉田さん(中央手前)=熱海市伊豆山

大病後 仲間の支えで再出発

 吉田さんは大学を卒業した1965年にヤマハYDSⅢ(250cc)で初の世界一周を開始。約3年かけて五大陸63カ国を巡り、総走行距離は約13万6千キロに及んだ。
 2回目は定年を迎えた2002年にロイヤルスター(1300cc)で出発。1回目に走れなかったロシアなど約3万キロを旅した。

4月初旬 米国・ルート66
終着点サインからスタート

 3回目は出発時期を春先に早めたため、スタートを欧州から北米に変更した。ドラッグスター(250cc)にまたがり、米国のサンタモニカにある伝説の国道「ルート66」の終着点サインから走り出す。
 ペルー、ブラジル、ポルトガル、スウェーデン、英国など最長6カ月かけて20カ国を駆け抜ける。最後にオーストラリアを横断して、日本に戻る。旅行中はこれまでに滞在したり、働いたりして親しくなった人たちにも会うつもりだ。
 愛車は船で輸送するため、一足早く“出発”。マンション仲間や職員と一緒に記念撮影をした後、吉田さん自ら運転して横浜市の横浜港へ運び込んだ。仲間からは「元気で」「気を付けて」と温かいエールも贈られた。吉田さんは「うれしい。みんなが写った写真をお守りにして旅をしたい」と喜んだ。

出典:熱海新聞 2026年(令和8年)3月13日(金曜日)付朝刊
※熱海新聞の許諾を得て転載しています。無断転載を禁じます。


著作

吉田滋さんの過去の著作をアーカイブ公開しています。